2007年5月31日 (木)

メタボリック・シンドローム顛末

健康保険の任意継続がこの5月で終了する。
ご存知の方も多いと思うが、退職したあと2年間は旧在籍会社の健康保険組合に継続して加入できる。もちろん保険料は自腹であるが、負担額は全組合員の平均値となるので、(若い組合員の多い健保であればあるほど)安く加入できる。

本来は在籍していないわけであるから、国民健康保険に移籍しなければならない。ところが国保は万年赤字なので、2年間は民で面倒を見なさい!というお上の命令が出されているのである。
私の在籍した会社だけが特別に慈悲深いというわけではないのである。

会社の健保にお世話になるのももうこれっきりですか~?」の前に、例年やっている人間ドックに行って来ようと思った。それも、最後なのでいつもよりデラックスなところに行こうと決めた。
そうだ! 以前Hamaちゃんが言っていた。
「Youさん、○○検診センターは良いですよ。エスコート・レディが三つ指付いて、”いらっしゃいませ~っ。私がご案内します”だもんね。それも若くてピッチピチのかわい子ちゃんばかりなんだからァ……」
チョッピリ高いけど、今生の名残(?)にココに行こう。

…てなわけで行ってきました。Hamaちゃんの言葉に嘘はなく、10時15分に受付に行くと、あなたは「への16組」です。ただ今ご案内の者が参りますのでソファでお寛ぎください、とのこと。
待つこと5分、名前を呼ばれて5~6人が集まると、ピンクのナース服のピッチピチのギャル(我ながら、表現が古いねぇ)が、それも二人。
「本日、検査終了まで皆様のお世話をさせていただきます△△です。こちらは見習いの××と申します。よろしくお願いいたします」

先任の△△さんもテキパキとして良いけど、私の好みは初々しい××ちゃんの方だなぁ、なんて考えてると…
 「…ということです。お分かりになりましたか?」 
先任さんから、三つほど回る順番を伝達されたのだが後のほうは忘れちゃった。でもいいや、忘れちゃったら××ちゃんに聞けばいいもんね。

定石どおり、お小水の採取から始まりました。でもさすが、お二人とも採取のお手伝いはしてくれませんでした。
それでも室外でカルテを持って待っていてくれ、次は何番のソファで待てとか、次の検査が込んでるのでしばらく休めなど、あれこれと指示してくれます。ソファで居眠りをしていて、次の検査を忘れちゃうと起こしに来てもくれます。
楽しみはもうひとつ。△△さんや××ちゃんに負けず劣らずのグラマラス・レディやピチピチ・ギャルが何十人もいて、アチコチ小走りに走り回っているのですから、もう検査なんかどうでもいいやって気になってくる。

こうして12時過ぎ。すべての検査を終えると、「最後は担当医の問診と検査結果の診断です。お疲れ様でした」と、我が愛しの××ちゃん。
んー、何か別れづらい気持ち。
これだったら毎日ドックに入ってもいいなァ…なんぞと、ほくそ笑んでいたが、いいことばかり続きません。(人生っていつもこうなんだからァ!?)

ニコッと笑った××ちゃんに促されて入ったのは第一診察室。ナントカ部長と名札の出ている部屋には、朝のテレビでお馴染みの荒俣さんに似た無愛想な御仁が。
開口一番、「空腹時血糖値が非常に高い。この数値ならソク糖尿病の疑いがあります。それに悪玉コレステロール値も高い。このままいくと明日は脳梗塞ですよ! すぐに内科の予約を取って再検査してくださいッ」
他にも、食事がどうの、運動がなんとかと言われたが上の空。

隣に併設されている外来診療の予約を取るために、××ちゃんに先導されて二人だけの移動。1ヵ月後の予約が確定した。
「それではこれでお終いです。洋服に着替えて、1階の食堂でお食事をしてお帰りください。ありがとうございました」と、またニコッとされたが、俺っちのココロはもう晴れませんでした。

自宅に帰って、家人にナイショで3年分の数値比較をしてみました。(平成17年平成18年今回
まず空腹時血糖値  109117111 
少しずつ上がって来ているけど、今回急激に上がったわけでは無い。

2番目は総コレステロール値。  260263265 
これは高いですなぁ。でもこれは家系的な問題で、姉妹兄弟みんなが高いのです。

そして問題の悪玉コレステロール値。  142140174
言われてみれば確かに高い。危険領域が140以上なので急激に上昇している。でもね、タバコを止めて10kg弱肥ったので、近所のホームドクターに相談したら、「タバコの害と肥満の害を比べたら雲泥の差。多少の数値の上昇は良しとしましょうョ」と言ってくれたんだよね。

こうした以前のデータは今回の診療所には、当然無い。そのため診察医は今回の数値のみで判断せざるを得ない。それは分かるのだが、たった2~3分の問診とデータ検索だけで、か弱い(?)老人を脅すのはいかがなものか?

以前、ありとあらゆる病気と闘った経験を持つMOTIさんが言ってたっけ。「人間ドックはネ、何かひとつ要再検査にしないと経営者に怒られるんだってサ」
今回受信の診療所は、高校野球の名門校を擁する某宗教系診療所である。まさかそれだとは思わないが、せめて「以前のデータはありませんか?」と聞いてくれる余裕は持って欲しかったなぁ。

1ヵ月後、外来の専門医の診断。数値もほぼ前回どおり。
「糖尿病だとはいえないが、このまま推移すれば4~5年後には糖尿病になる可能性があります。また悪玉コレステロール値はもう薬を飲む段階に来ています」とのご託宣。
さらに、近所の病院に紹介状を書てくれると言い、「でも、この数値じゃぁ治療の必要ないと言われちゃうかもしれないなぁ」

するってぇと、アンタんとこだけがてぇへんだてぇへんだって言ってるだけで、普通の医者はそれほどでもないって訳かい? 語るに落ちたとはこのこったい、バーロー。

家人の評。まぁ良かった。でもアンタのお姉さんが言ってたけど、家系的にみんな高脂血症なんだってサ。

カクシテ5月25日、健康保険の任意継続は無事(?)終了し、国保の「退職者医療保険」へと切り替わった。

※この項、写真無し。診療所も写してきたけど、すぐ分かっちゃうからね。

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2007年1月 8日 (月)

はじめてのお正月

定年後、はじめての正月を迎えた。

先輩諸氏からも「以前と違って、寂しさを感じるぞォ!」と言われていたが、そんな気もするし、なんだこの程度のものか、とも思う。
暮れに忘年会のお誘いが無かったのには、「ン?」 なんかおかしいなァという感じは持った。でも、それも過ぎてしまえばなんてことはない。

昨年に、娘が結婚して家にいないお正月、併せて喪中で年賀はがきが来なかったお正月を経験しているので、寂しさもこんなくらいか…というところなのかもしれない。

0101例年のごとく、朝6時に起きて、寝室 の窓から初日の出を拝んだ。
結構きれいでしょう? 
東南傾斜&ひな壇造成地のテッペンなので、朝日だけは良く見えるのです。

最近はもう来なくなったが、十二年前に引っ越してきた当座は、元日の夜明け前から我が家の裏に原住民がヒャアホ、ヒャアホと数十人は集まったものでした。
バイクを轟かせ、声高におしゃべりし、中にはチュッチュチュッチュとさえずるカップルもいたりして、初日の出どころではなかった。

意地悪おじさんとしては、なんとか対策を考えねば…と言うことで隣家と協同して垣根をめぐらし、背高になる植木を植えてしまった。その効果が数年後に実を結び、裏道から日の出が見えなくなったのです。
ザマァ~ミロ! やっぱり 正義は勝つのだ

閑話休題

初日の出は拝めたが、それからが長かった~。
家人は起きてこない。散歩にでも…と思ったが、冬季の早朝散歩は厳禁されている。テレビは相変わらずバカ番組ばかりで見る気になれない。暮れに買っておいた神崎京介のエッチ小説を出してみたが、さすがに元旦に読むものではないと放り出した。

前述したように、昨年は喪中で年賀はがきが来なかった。
若者の間では年賀メールが流行ってるらしいが、やはりお正月は年賀状ですよ。ねッ、ご同輩! 
他愛の無い消息文でしかないが、差出人の名前を見ながら 「ん?、こいつまだ生きてたかぁ!?」などと悪たれをつきながら、一枚一枚めくる楽しさはリアルならでは、なのである。

ところが、今年この年賀状がなかなか配達されない。8時過ぎから何度も郵便受けを見に行くが、来ていない。9時過ぎに起きてきた家人に聞くと、「いつも、お昼ごろよ」とのこと。

しかしお昼を過ぎてもまだ着かないのである。
郵便局に電話して、「ひょっとして、ウチ、飛ばされてませんかァ?」とか、「配達アルバイトが捨てちゃったんじゃないですかァ?」などと聞こうとしたが、家人が恥ずかしいからゼッタイやめてと言うので中止した。
郵政民営化で、配達員がやる気を無くしちまったんじゃあなかろうか。皆さんの地域ではいかがでしたか?Photo_50

午後一時ごろ、やっと到着。でも少ない。釣宿や床屋のDM年賀状を混ぜても、やっと20枚というところか。
あいつも、こいつも、あのやろうも、リタイヤした途端に年賀状代をケチりやがったかァ! と憤慨したが、またも家人の「あなたとちがって、皆さん忙しのよ。年末ギリギリに書いたんでしょ!? もう少し冷静になりなさいッ!」のお言葉にシュン。

確かに、その後3日、4日とお馴染みの方たちの年賀状が配達され、憤慨の種は杞憂に終わったが、到着状態がほとんど「さみだれ式」で以前のような元日集中配達ではなかったような気がするが、どうなのだろうか?

さてその年賀状であるが、ホントかどうか分からないがを、「ブログ、見てますよ」の添え書き付きが、かなりあった。

中に、「ブログ、チェックさせてもらってま~す。でも、月刊ですか~?」というキツイ一発が…。
カナクギ文字編集者・SHIOTAめ。ただ今、農閑期だってばッ。

さらにもうひとつ。「美人と書かれていますが、(元)はゼッタイ取って下さい」と言う抗議文も…。

以前、差別表現が多すぎると言ってきた御仁ともども、うるさいんだよなァ、モ~。
でも、見てくださってる方に、月刊では申し訳ないので、今後はせめて隔週刊ぐらいにはしますので、乞ご容赦。

最後に、初漁報告を。
年賀状で割引招待をもらった船宿のうち、どこに何を釣りに行くか迷いに迷っ0105たが、1月5日、茅ヶ崎港の沖右ヱ門丸からアマダイ釣に出た。
読みはピタリ的中。39cmと29cmのアマダイ各1と、28cmの鬼カサゴ一尾を釣り上げた。
ちなみに昨年は、同じ沖右ヱ門丸のマダイに出たが、ボーズの上に船から飛び降りて左の親指を骨折した。

「なぁ~んだ、3尾かァ」、と言うなかれ。この日は7人の同乗者のうちアマダイを釣ったのは(私のほか)1尾の人が一人で、あとの5人はみなさんボーズだったのです。
お父さんと一緒に来ていた可愛いお嬢ちゃんなど、私のアマダイを見に来て「すごーい! これがアマダイなんだ~」と誉めてくださった。

アマダイもそこそこ高級魚だが、鬼カサゴはもっと高級。しかも刺身サイズはめったに出ない代物です。

Photo_49かくして、アマダイはコブ締め用とから揚げ用にさばき、鬼だけを三枚に卸して刺身に。
しかし 、なんとこれしか(写真参照)取れません。
魚体の半分が頭という魚なので、仕方がないといえば仕方がないが、逆にこれしか取れないからこそ高級魚と いわれる所以なのであろう。

コタツに入って、とっておきの久保田で、ちびりちびり。
鬼の刺身はコリコリ、シコシコ。その上ほんのりとした甘みが……こたえられません。
なんとも至福の時を過ごしたお正月でした。チャン、チャン。

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2006年9月 5日 (火)

秋来ぬと……

定年を迎え、毎日の勤務が無くなると、まず気力がなくなり、次に体力が衰えるという。
家人も、友人も、そして心ある元部下たちも、皆一様にそれを心配してくれた。(家人の場合は別な側面からだろうが…)

定年生活3ヶ月、幸い気力の衰えはあまり感じないが、体力の衰えは少しづつ忍び寄っているようである。Photo_31

50台前半まで、ウエストは76cmから78cm。体重も60kgをオーバーすることは無かった。
健康診断ではいつも「やややせ気味」診断であった。
それがこの近年、ウエストは84cm・体重も68kgと、普通の中年並みになった。Photo_32
娘に、「オレっちは、人より老化が遅れているようだ。今頃中年太りが始まったァ。この分じゃあ、死ぬのも人より10年遅いだろうなぁ」と言ったら、「ゲゲッ」と、のたまった。ありゃあ、一体何の意味じゃ!?904

自分ではシッカリ足を上げて階段を上っているつもりが、時々つま先が階段に引っ掛かる。小学5年生からサッカーをやり、人一倍、足だけには自信があったのだが……。Photo_33

学生時代の英文読解で習った、S・モームの『月と6ペンス』の真意が、ようやく実感として分かるようになって来た。(衰えは誰にも平等にやってくる、若さは金では決して贖えない)Photo_34

その金では買えない体力を、少しでも引っ張るつもりで、毎早朝、30分のウォーキングと15分のミックス体操を始めた。
何度か試行錯誤しながら決めたウォーキング・コースは、山あり川あり階段あり、おまけに墓場まである、なかなかのコースである。
速歩で約30分、距離にして2Km強といったところか830_1
最後に近所の公園で、ラジオ体操とウラコー体操と沖縄成人病体操をミックスした、かなりキツイ体操をする。
家に帰ってくると、パンツもTシャツもぐっしょりである。Photo_30

ウォーキング・コースが固定すると、毎日通る道なのに(だから…かも知れないが)、一日一日と季節の移ろいが見えてくる。
9月に入り、蝉の声がだんだん少なくなり、9月6日にはとうとう聞こえなくなった。公園の階段に延びていたつる草も勢いが無くなり、ススキが元気になってきた。827
春、ヨチヨチしていたカモの子供が、どれが親かどれが子どもか見分けられなくなってきた。

現役の頃は忙しさにまぎれ……というより、飲んだくれて帰ることが多かったので、季節の移ろいなど見えなかった830
自分で意図したわけではないが、定年というスローライフの生活が始まってから、季節の変化がはっきりと分かるようになった。
「秋来ぬと 目には清かに見えねども……」ではなく、少しづつだがさやかに見えてくるのである。

失われた十年が終わり、景気は再び拡大期に入ったとか、規制緩和の名の元に貧富の差が拡大したとか、世間ではいろいろかまびすしいが、舞台から降りた人間にはもうどうでもいい。
ただひとつ願うのは、「経済発展」という名の狂乱怒涛の時代は来ないで欲しいということ。

どんなに国力が上がって個人の財産が増えても、若さは金では購えないのである。それよりも、日々の移ろいを安心して楽しめる、そんな社会であって欲しいと思う。

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2006年7月 3日 (月)

超多忙!

6月の最終週はやけに多忙であった。
6月26日(月)こそ何も無く、燦燦農場で収穫やら手入れなどを行えたが、27日(火)江ノ島釣行、28日(水)午前中研修・夕方K氏&T氏との町田飲み会、29日(木)株主総会、30日(金)夕方から渋谷でマージャン、とスケジュールが立て込んでしまった。

現役時代ならいざ知らず、1週間に5つも約束が詰まるなどと言うことはほとんどない。だからホント忙しかったのである。
忙しいったって、午後や夕方の約束なら、その他の時間は有効に使えるではないか……そう考えるのは素人(何が素人なのか分かりませんが)の考え。

リタイア生活に慣れてくると、生活時間がゆったりと流れるのですね。夕方に飲み会やマージャンが入るともう大変。午前中ちょこっと何かをすると、夕方に備えてタップリ休養を取らなければならないのです。
と言うわけで、愛しいイトシイ野菜ちゃんたちとお会いできたのは、月曜日と、金曜日の午前中の2回だけ。

612__1 おまけにキュウリの収穫が始まったので、実は気が気ではなかったのである。
既報のとおり、ツルの誘引がシッチャカメッチャカになってしまったキュウリだが、人間の浅はかさを笑うように、見事な(……と私は思うのだが)果実を付けてくれた。
何度も言うようだが、自然の偉大さに脱帽! である。

収穫期に入ったもので、「あなた作る人、わたし食べる人」宣言をした家人も、取りにいかないのォ? 腐っちゃうよぉ! と矢の催促。
「仕方ねぇべ。これが渡世人のつれェところよ」と言いつつ、超多忙のスケジュールに立ち向かったのである。

●超多忙原因、その(1)
東林間の髭親父から、「せっかく買った超高価な電動リールが物置で泣いておる。近々釣行させようと思っているが、貴君も一緒にどうか」とのお誘いである。
こう書くとイッチョマエの釣り師のように見えるが、ナニ、コチトラが手ほどきした超初心者で、要は一人で行くのが不安なのである。

内実はともあれ、「乞われて断るは男子の本懐にあらず」が、私のモットー。 (……家人に言わせると、あとさき考えずに何でも安請け合いしてしまう、オッチョコチョイ。精神的なバカね、と言うことだそうだが)
そこで決まったのが、6月27日(火)江ノ島・萬司郎丸へのカサゴ釣行である。

5時25分発・小田急江ノ島方面の一番電車で出発。まさか平日のこんな時間に乗客なんぞいないと思っていたのですが、あに謀らんや、いるんですねぇ同輩が……。
途中乗り込んできた髭親父と終点・片瀬江ノ島に着くころには、4両編成の一番前(改札に近い)の車両には20人ほどが。そしてそのほとんどが釣り人なんでである。627 627_1
もうひとつ。なぜこの日にしたかという理由は、第2、第4火曜日は江ノ島・萬司郎丸のサービスデーで乗船代が半額なのである。
「金はないけど暇はある」われわれ定年族には有難いサービスであるが、皆さんしっかり調べてるのです。

で、釣果です。髭親父15匹、私21匹。
終日ボツボツと釣れ、超多忙の中の釣行はハッピーエンドとなったのです。

●超多忙原因、その(2)
6月28日(水)。予てからお誘いを受けていた先輩K氏の肝いりで、これも近所にお住まいのT氏と3人で、ジモト(町田)で一杯やることになったのだ。

おふたりとも生粋の編集人で、K氏は私の直属の上司であったこともある大恩人。一時期体を壊されて早期退社したが、編集のノウハウを教えていただいた。T氏は、私が新人として最初に配属された編集部でひとつ先輩だった。在社当時からユニークでジャーナリスティック。環境の本や阪神淡路大震災の本など、あまり売れない本をセッセと作っていた。

628_1 酒席は、いとも和やかな雰囲気で、話は昔の本作りの苦労話(ほとんどドジ話)から環境問題、おいしいジモトのラーメン屋の品定めなどへと広がった。
こうした飲み会では、ともすれば変な激励か、愚痴の言い合いで終始するのが普通だが、愚痴も激励も一切なく、昔の飲み仲間がいつものとおりいつもの場所で会って、さらっと分かれたという感じ。だがそれがとても楽しかった。
最後にひとつ約束した。「1年に1度ぐらい、ジモトでこんな会をやろうや」と。

●超多忙原因、その(3)
6月30日(金)午後6時半より、渋谷でピッチピチの美人とマージャン。
編集の元教え子(?)からメールがあり、「ボケ防止にはマージャンが効果大。それに相手は美人女性、賭け禁止の健全マージャン、2500円で飲み放題食い放題……」とのこと。

うまい話には気をつけろというが、やはり、うまくなかった。ボケ防止はまだ効果は分からぬが、美人には「元」が付くし、飲み放題と食い放題はマージャンを打ちながらの放題なので、多寡が知れてる。
今OLさんの間でマージャンがブームで、やさしく指導してくれるおじさんが払底しているようである。であるから賭け禁止であり、なにより、おじさんは絶対勝ってはならないのである。見え見えの役萬を振り込んでも、「○○チャン、うまいッ! おじさん気がつかなかったァ」と、誉めなきゃならないのである。

東林間の髭親父を誘ったところ、「俺の麻雀はそんなもんじゃぁないッ。汝のような軟弱雀士なら、ピッタリだけどな」と言われたが、そのとおりであった。
昔、男性月刊誌の麻雀ページを担当していたころ、指導の天野大三名人に「麻雀は世界最高のゲーム、賭けなくてもタップリ楽しめる。だから、一般人の賭け麻雀はやめたほうがいい」と言われながら積み込みのテクニックを見せられたことがあるが、やはりベット無しの麻雀は氷のないロック・ウィスキーみたいなもの。

さぞ落ち込んでるだろうと想像し、都会に引っ張り出してくれたSクンには申し訳ないが、おじいさんはやっぱり山に芝刈りに行くか、お船に乗ってドンブラコが、一番合ってるんだなぁ。

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2006年6月22日 (木)

退職挨拶状、その後

前々回、退職挨拶状の反応について書いたが、その後もいろいろな方からご連絡をいただき、本日現在(6月21日)メールが21通、はがきが8通、電話2本、ワイン1の、合計39通である。
まだまだ受付中(?)なので、どうぞご遠慮なく。

その中で、大先輩・快人Kさん(※決して怪人ではありません!)からのメールをチョッピリご紹介する。
私の挨拶状にあった一言 「静かな老後を迎えたい気持ち……云云」について、
まだまだ早すぎる。と~んでもない!」と、喝を入れてくださった後、

このところ、年甲斐もなくサイクリングにハマり、自転車散歩してます。
近くの里山から鶴見川、多摩川、境川のサイクリング・ロードなど
毎日、デジカメ片手に走り回っています。
先週は一日かけて、ツール・ド・江の島・鎌倉(90km)をのんびりと走破してきました。

自転車は、ほんとうに健康にいいですよ。お勧めします!!

……だそうである。
昔からKさんの体力は皆の驚嘆の的であったが、今おいくつであろうか? 確か私より10歳上。
と言うことは72歳である。ゲゲッ。
以前から玄人はだしであったバラ栽培に加え、野菜作りにデジカメにツール・ド・江ノ島90kmである。

橋本のご隠居といい、Kさんといい、元気な大先輩たちにはホントに脱帽である。
足が衰えた、手がしびれる、少々アルツハイマーぎみなんて言ってられませんなぁ、ご同輩。

(閑話休題)

昔の編集仲間・U氏に誘われ、浅草で一席を持った。こちらも退職挨拶状送付の後、メールでお誘いを受けたものである。Photo_26
公私共に浅草へはよく出掛けたが、写真を撮ったのは何年ぶりだろうか。雷門の大ちょうちんの下、近在のおのぼりさん爺姿でパチリ。

来週も旧友2人からのお誘いが掛かっており、こちらはおふた方とも バガボンドの典型。場所も、あの町田なのである。
今最も熱い(!?)ローカルな盛り場で、どんな話が飛び出すか、今から楽しみである。

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2006年6月16日 (金)

退職挨拶状、出すべし

6月初旬、退職の挨拶状を作った。
年賀状のやり取りをしている方々を中心に、先輩や仕事でお世話になった人、大学・高校時代の同期生などへ120通ばかりを送付した。

自分を省みると、これまでこの種の挨拶状をたくさんもらったが、ほとんど返信せず、「フーンあの人も定年かァ!?」で終わっていた。
そのため、ああでもないこうでもないと文言を書き直した挙句、「今さら退職挨拶してもどうにもならないかも。出すの、やめようかナ」、などと迷いながらポストに投函した。

だが、だが、だが……である。それから1週間、一番早いのは翌日、遅くて3~4日後にはメールが送られてきた。Untitled2
挨拶文面中に、チョッピリ定年後の侘しさを漂わせたからだろうか、表現は違えど皆さん激励の内容がほとんどである
さらに遅れて、その後も直筆の手紙を送ってくださった方、直接電話をいただいた方、そして極め付きはワインを2本お送りくださった大先輩も……。

総数を数えてみると、メールが16通、手紙が6通、電話が2本、ワイン直送が1人と言う具合である。
不謹慎の謗りを恐れずに言えば、120通に対して返信25通、なぁ~んと確率20%強である。

正直いって、長らく音信不通だった何人かは何か言ってくるかナ? とは思っていたが、こんなにもたくさんの方々から激励を受けるとは思ってもいなかった。
また文面も、このままリタイアするのは断じてならんと叱咤激励のものから、大丈夫怖くなんてないからねと案じてくれるもの、アルバイトの探し方を伝授してくれるものなど様々。現役時代の手紙とは雲泥の差、皆さん優しいのである。正直、ひとつひとつ読みながらジーンと来ましたね。
有難きかな、わが友よ!である。

これからの残された時間では、得ることより失うことのほうが多いだろう、こうした友人知人たち。でも私には、まだまだこんな人たちがいるんだ。 Untitled1
また、こうした人たちによって自分が支えられてきたことを、改めて確認する機会となった。
心から感謝! である。

若いときは、賀状や挨拶状なんて、単なる儀礼だよと、片付けてきた。そういう自分を恥ずると同時に、はがき1枚でも一期一会、これからは大切にしたいと思い直した次第である。

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2006年6月 6日 (火)

失業給付金を放棄した

5月31日、任意加入の健康保険で成人病診断があったので、会社(おっと元いた会社でした)へ出向いた。

その帰り道、ハローワークへ行ってきた。ご存知のように失業給付を受けるためには、住所を管轄するハローワークへ行って手続きしなければならない。

元会社の人事担当者から、①雇用保険被保険者離職票1②雇用保険被保険者離職票2③昭和43年発行の失業保険被保険者証、④平成17年発行の雇用保険被保険者証、の4通を送ってきた。(※失業保険から雇用保険と名称が変わっているのに注目。イメージの問題なのでしょうねぇ。)
このうち③は、子会社の役員になる前は有効だったが今は何の価値もないもの。つまり33年間掛け続けてきたが、たった2年間子会社の役付け役員になったために、失効してしまった証である。
④は、1年間の臨時社員生活で復活した証である。

以前も書いたが、なんとも理解できかねる制度である。役員になったために失効したことはともかく、33年間掛け続けた失業保険の失業給付日数が150日で、1年間しか掛けていない雇用保険の給付日数が90日。なんとも不合理ではないですか?

閑話休題。

不満を述べるのが趣旨ではないので、先を急ぐ。
ハローワークでの顛末である。
私の管轄ハローワークは、川崎北公共職業安定所。地図によると南武線武蔵新城駅から徒歩12分とあった。
健康診断に時間をとられて、武蔵新城駅に着いたのが11時半だったので、昼休みも営業しているか(民間なら営業だけどお役所はなんていうのだろうか電話で聞いた。交代制なので窓口は開いているとのこと。ウム感心感心。

武蔵新城駅から地図を頼りに歩きだしたが、小さな町なので駅前を抜けるとすぐに住宅地に変わった。こんなところにハローワークがあるんだろうかと不思議に思い出した途端ありました。平日の昼間の住宅地という閑散とした雰囲気の中、ここだけバイクのお兄ちゃんや若いお嬢さんたち、また奥さんやお父さんが出入りしている。

1階の玄関を入ると正面に総合受付がある。ベテランらしき職員が「何をしに来ました?」 「はぁ、会社を退職しまして……」 「初めてですか?」 「はぁ、お蔭様で……」(何がお蔭様なのか分からないが、こういう場合、あいまい日本語は便利である。)
「それではこの書類とこのアンケートを記入して、アチラの窓口にいらしてください」

時間のせいか、記入カウンターは空いている。記入例を見ながらササッと片付けて、アチラの窓口へ。
アチラの窓口では、髭を蓄えた年配職員が記入した書類を見ながらパパッとパソコンを打ち込んでから、『お仕事探しはハローワーク川崎北へ』というパンフレットと、『ハローワークカード』をくれた。
そして、「この後、この書類一式を2階の20番窓口に提出して、名前を呼ばれるまで待っててください」

ウム、ここまでは先日見たインターネットHP『失業保険のもらい方』とまったく同じである。(http://www.1sitsugyou.com/
コレからが本番。雇用保険の失業認定に入るわけだなと納得。(※これから行かれる方は事前に見ておくと安心ですよ)

書類を提出してソファーで待つ。いろんな人がいるもんですなぁ。若いお兄ちゃん・お嬢ちゃんから、お爺さん・お婆さん(失礼)、どういうわけか夫婦で来ているペアもいる。総数20~30人か。

1時間はかかるかなぁと思っていたら、30分ほどで名前を呼ばれる。1階の職員に比べ、2階の窓口はみんな若い。
書類をチェックしながら、失業給付の流れを説明し始めたので、「ちょっと質問していいですか」とことわり、失業給付金と年金との関係を聞いた。

今年の春、品川の社会保険事務所で計算してもらった「年金と失業給付金」では、私の場合ほとんど同じ。つまり失業給付金でもらえる額とストップされる年金がほとんどツーペイなのである。
ただし、求職開始日によっては若干の差異が出る。求職開始日が5月なのか6月かでソンかトクかが分かれるのである。

で……私の場合、失業給付金の支給期間中に年金額が変わるので、何月と何月の年金が休止されるのかを聞いたのである。だが私の例は特殊なのか、若い担当者は理解できずに失業給付金の開始時期と年金の中止期間とのズレを説明するだけ。何回やり取りしても同じ答え。年金については理解していない。年金は社会保険庁、ここは職業安定事務所であるという論理なのである。

業を煮やして、「では私の求職開始日はいつか、また年金ストップはいつの時点で開始するのか」を聞いたところ、「今日、ここで失業認定された時点である」とのこと。つまり、5月31日をもって年金がストップされてしまうと言うのである。
「あとで失業認定を取り消すことはできますか?」と聞くと、それはできないとのこと。

以前計算してもらった例では、5月中の求職開始なら失業給付のほうが若干有利だが、大差はない。
毎月ハローワークに通い、就職活動をしたかどうかを厳しく詰問されることを天秤にかけ、「や~めた!」となった次第である。

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2006年5月26日 (金)

これにて千秋楽!

5月22日から再び出社を開始した。
こう書くと、「ン? 再雇用されたのかァ」と思われそうなので少し説明する。

昨年の5月25日が私の会社の株主総会であった。同日付けで役員を退任し、翌日から1年間の嘱託社員契約を結んだのである。であるから、正式の退職日は今年の5月25日なのだが、有給休暇があるという。
社員時代も役員時代も、有給休暇なんてものには無縁な38年間だったが、最後の最後なので、その特典を使わせてもらい、5月21日まで休んだわけである。

せっかく休んだのに異常気象のせいか、ゴールデンウィークの後半から梅雨のような天候が続いた。
ところが私の再出社日、5月22日(月)から雨はピタリと止み、晴れ間が覗いた。「天は我を見捨てず、有終の美を飾らせ賜うた!」のである。

※こうした、全てを自分の都合の良いように解釈することをご都合主義という。ご都合主義は私のモットーである。

●5月22日は出社したものの、机周りの整理で終始。
早くから手をつければいいのだが、締め切りが近づかないとモーションを起こさない編集者根性が身についてしまっている。
机の中をがさごそ、ロッカーの中をがさごそ。あるは、あるは……マルヒのハンコが附かれた書類が。一応役付き役員だったので、ほとんど全ての書類が回ってくる。
タイムリーに処分すればいいものを、これも編集時代の癖ですべて後生大事にしまっておいたのだ。

うんざりして、総務部長に
「コレ、捨てちゃだめ?」と聞くと、
「自己の責任において全てシュレッダーに掛けてください」との冷たいご託宣。
引き出しひとつ分を持っちゃぁシュレッダーに向かう。シュレッドするのも大変で、1時間もすると紙くずが一杯になってしまう。取り出してくださいという、メッセージが出るが自分ではできない。
その都度アルバイトの女性にご足労願う始末。(※この場を借りて、Mさんホントにゴメンナサイ。)

●5月23日(火)も、ほぼ終日整理。
昔の資料や写真などが出てきて、フムフムなるほど、若いときァ良かったなぁ、などとしばし懐旧に耽る。
この日は、高校時代の仲間二人と新宿で一夕。お互い体力がなくなったせいか、8時で終了。

●5月24日(水)。午前中は、最後の月次会議に参加。
午後、昔の編集現場に同僚(ほとんど居なくなったが……)、部下などを訪問し、退任挨拶。
そして夜は、7時からフランス料理のフルコース。「ン?お前には似合わない」などと言うなかれ、居るんですよ私のファンが。
女性3人と男性1人に囲まれニンマリ。おまけに、あれほど嫌がった花束までもらっちまって、ご機嫌のご帰還。

Photo_4 ●5月25日(木)、最後の出社日。
いつものように朝5時起床、6時40分に家を出て小田急線・柿生駅に向かう。新宿駅を7時30分過ぎに通過し、目黒駅経由で不動前駅に7時56分着。Photo_5

何かいつもと違う感興が起きるかなぁと思っていたが、ほとんど何も感じず、なぁ~んだという気持ち。社前で、通りかかった部下に写真を1枚撮ってもらった。 Photo_7

午後は、午後一でアポを取ってあった親会社の社長に挨拶。社内をグルッと回るが、知った顔が少なくなった。考ええてみれば当たり前である。そうだ、同期はもちろん、1年後輩たちももう退社したんだ。
早々に退散して、送別会会場へ。

本日の会は、3年前に沖縄へ「健康改善ツアー」のモルモットとして派遣された仲間たちが開催してくれた。ツアーの趣旨からして分かるように、不健康な中高年ばかりである。
だが、私個人としてはこのツアーに感謝している。1週間の缶詰期間中に、念願の禁煙に成功したのである。
10人中6人が集まってくれ、和気藹々。8時半終了で10時頃ご帰還と相成った。

家人から、「最終日のご感慨は……?」と聞かれたが、3週間ぶりの出社で疲れたせいか、「なぁ~んにも!」。

後から何か出てくるかもしれないが、記念(!?)すべき楽日は、かくして終了したのであった。

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2006年5月 9日 (火)

定年者のGW

4月29日(土)から、恒例のゴールデンウィークが始まった。
東名や関越は例によって、何十キロの渋滞だとか。

定年準備休職中のコチトラにとっては、まったく無縁な情報である。
皆様がお出かけの折はなるべく外出せず、ご迷惑を掛けないようにしようと思うのである。

Pict0376 今年のゴールデンウィークは農場にも出かけず、家人に約束した裏庭の草むしりとと生垣の刈り込みをする「予定」であった。
しかしいつも「予定は未定であって決定にあらず」である。

5月4日(木)。一年ぶりに垣根バリカンを取り出し、刃を磨いてから新芽を吹き出したレッドロビンを水平に、垂直に刈り出した。
ここまでは順調であった。一日で終わらなくても、皆さん出勤の日もお休みだもん、絶対完了させるかんネ。

だが、だが……。人の目に触れる外側は完了したが、後が続きません。
また明日やるからネと約束して中断。

慣れっこになっている家人は「ふふん」てなもの。
翌日、朝からひとりで草むしりをしたあと
「いつまでとは言わないけど、垣根だけは約束を守りなさいよ」とのキツーイお言葉。Pict0379

かくして連休の終わった今も、垣根の内側はそのままなのである。

※写真が見えにくいときは写真をクリックして拡大してください。

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2006年4月12日 (水)

定年温度

 タイトルは誤植ではない。「定年音頭」ではなく「定年温度」なのである。

 過日、定年1年になろうとするHa氏、定年まで1年以上を残すHo氏、あと2ヶ月弱で定年になる私の三人で一夕を持った。その際の三者三様の温度差を語ろうと思うのである。

 会社におけるキャリアはほぼ同じ、最終ポジションも似たり寄ったり。もちろんプライベートな条件(家族構成、保有財産)は違うが、環境的には非常に近い。

 それなのに、考え方が微妙にすれ違うのである。
 一番変わったのがHa氏。これまでは、自分の会社を貶しめはしないが、誉めたことは無かった人だった。だが、「俺みたいな、会社に何も貢献しなかった人間を定年まで置いてくれ、それなりに優遇してくれた……」というような表現をする。

 定年まで1年以上あるHo氏は、ラインから外された今も、自分で自分にミッションを与え続けるつもり、とか。

 「Hoさん、そんな考え方はもう止めちゃいなよ。もう会社はあなたに何にも期待してないんだから……」と言うのは私。

 さあ皆さん、誰が自分に一番近いですか? 
 この違いは各人の性格の違いより、経験時間による温度差なのではないかと思うのですがどうでしょう。

 ほかにもいろいろ意見の違いは出たが、まだ現役の人間もいるので差し障りがあるといけないのでカット。
 ただ、1年経ったらHa氏のように言える人になりたいと思う。

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2006年4月 5日 (水)

任意加入の健康保険

 3月は健康保険の更新手続きの月。会社から任意加入の健康保険料の請求が来た。

 社員のうちは、有って当然という感覚だが、定年に際してまず始めに当惑するのが健康保険である。会社の健康保険組合は会社に所属する人たちの相互扶助組織であるから、社から離れた人は当然脱退しなければならない。

 代わるものは国保だが、国保の負担は前年度の年収を基準にする。社員時代は月々の給与からの天引きなので、年間だとかなりの額になるはずだが、それほど高いとは感じない。

 しかし定年後は一気に収入が減るので、保険料の高さを実感する。それを若干軽減してくれるのが任意加入制度だ。これまで加入していた健康保険組合に、2年を限度として継続加入できるのだ。それも全組合員の平均値の負担料なので、最終在職時よりは安くなる。

 ちなみに、前年の源泉徴収表を持って区役所に行き国保の負担料を調べてもらったところ、私の場合、国保だと年間50万円を超える。一方会社の健保だと40万円ちょい。この差は大きい。

 だがしかし、在職中は給与という担保が有るため健保側も鷹揚だが、退職者には担保がない。そこで、支払が滞った場合は有無を言わさず即刻加入停止にしてしまう、とか。会社OBといえども、甘えてもらっちゃ困るというわけだ。

 理論的には確かにそのとおりであり、頭では分かるのだが面と向かって言われるとムッと来る。在職中、会社側評議員として健保運営に携わった経験のある私でもそうなので、制度そのものを良く理解していない人には、その落差は相当大きいと思われる。

 支払方法は、毎月払い、半年前納、1年前納の3種類。在職中は給与天引きなので当然月払いであるが、任意加入の場合は月払いにして納入を忘れると(毎月10日まで)、有無を言わさず停止になってしまう。定年前研修で、くどいほど念を押されたこともあり、納入を忘れた場合の恐怖を考えて1年前納にした。

 家人を銀行にやり、会社の健保口座へ振り込ませたわけだが、「専用の振込用紙もなく、手数料まで負担させるなんてひどい健康保険組合ですねぇ」と、窓口の女性行員に言われたとか。

 確かに「振り込め詐欺」などの問題もあり、老人に振込み口座と金額だけを通知して送金させるのは、いかがなものだろうか。また振り込み手数料は500円程度。仮に任意加入者が100人いたとしても、総額は5万円程度。経費節約は必要でしょうが、総予算から言えば微々たるもの。
 各社の健保振込みを見てきた窓口嬢に、「ひどい会社!」といわれるイメージダウンを勘案すると、木を見て森を見ない考え方ではないでしょうかねぇ。

 健保事務局さん、一度考えてみてください。

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